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  • 執筆者の写真森智勝

塾・新時代のマーケティング論(89) ロンドン・オリンピック、日本躍進に見るマインドの差

この記事は塾生獲得実践会の森智勝氏のご厚意により、全国学習塾援護会のHPから転載したものです。

 夏期講習も後半です。北の大地では2学期が始まろうとしている頃でしょうか。ロンドン・オリンピックでは日本選手団が大活躍をしています。特に、水泳では過去最高のメダル数を獲得しています。報道によると、メダル獲得が0に終わったアトランタ・オリンピック以降、選手間のコミュニケーションを密にして、「チーム・ジャパン」を意識させるマネジメントを進めてきたと言います。もちろん、そうしたチームワークは重要ですが、私は別の観点から論じたいと思います。  私の記憶が正しければ、アトランタ・オリンピックの時は、選手が「楽しんできます」とコメントするのが流行っていたように思います。多くの選手が大会前に「オリンピックを楽しみたい」と語っていました。  ロンドン・オリンピックの特徴は、個人種目が不振(特に柔道)の反面、団体・チーム競技の躍進が目立つことです。サッカー男女、女子バレーの団体競技はもちろん、卓球/団体女子、フェンシング/団体男子フルーレ、アーチェリー/団体女子…等々のチーム戦の活躍が目立ちます。水泳男女のメドレーリレーもそうです。どうやら、日本は個人戦よりも団体戦に力を発揮するようです。なぜでしょう?  今回のオリンピックで目立つコメントは、「チームのため」「わたし一人で取ったメダルではない」「サポートしてくれたスタッフ、応援してくれた人がいてくれたから」のような、周囲の人に感謝する言葉です。アトランタ・オリンピックの時、決勝に残れなかった選手が「でも、オリンピックを楽しめたので…」とコメントしていたのとは間逆です。  人は、「自分のため」に行動するよりも「誰かのため」に行動する方が力を発揮できるのです。私は以前、「自己責任症候群」についてお話したことがあります。今の日本人の多くが自己責任症候群にかかっていると。その端緒は1991年に勃発した湾岸戦争の時でした。政府が渡航自粛を呼びかけているにも関わらず、現地に入って拘束された日本人に対して「自己責任だ」という冷めたムードが生まれました。それ以降、何かにつけて「自己責任」が喧伝され、日本全体の風潮を作り上げていきました。1996のアトランタ・オリンピックは、そうした中で開催されたのです。


 「楽しんでくる」というマインドは、自己責任の裏返しです。確かに、自らの力で勝ち取った出場権ですから、それを非難する資格は我々にはありません。しかし、そうしたマインドの違いが成果の違いを生み出すことを今回のオリンピック出場選手たちが証明してくれているように感じます。


 今、子どもの「なぜ勉強しなければならないのか」という素朴な疑問に対して、ほとんどの大人(親・教師)が「あなたのため」と答えます。「あなたのため」「あなたの将来のため」「あなたが将来、幸せに生きるため」…自己責任症候群が蔓延した結果、勉強の意味すら自己に完結して語られます。以前もお話したことの繰り返しになって恐縮ですが、「幸せに生きること」は目的ではありません。それは人として生まれた以上、誰もが等しく持っている権利です。ただ、権利を主張するためには一方にある義務を果たさなければなりません。それは「世のため人のために生きること」です。世のため人のために生きる者は、それだけで幸せな人生を送ることができます。ならば、勉強の意味も自ずと分かります。将来、世のため人のために資する人物になるためです。世のため人のために必要な能力を身に付けるためです。  「勉強は自分の幸せのため」と教えられた子供は、「自分が幸せになりたいと思わなければ勉強しなくていいんだ」と考えるようになります。大人になっても「自分が納得していれば仕事をしなくてもいいんだ」と考えます。彼らは言います。「だって、自己責任でしょ。ほっといてくれ」…こうしてニート・フリーターが増殖しました。(派遣労働法の改正等、社会システムの変化が一方にあることは承知していますが、若者の意識変化も大きな要因と考えています)  自己責任は企業の中にも導入されました。成果主義です。年功序列を廃止して成果に応じた報酬を支払うシステムです。これによって労働生産性の向上が図れると期待した企業は多かったのですが、結果は散々でした。成果主義によってモチベーションを上げたのはごく一部の社員だけで、大半の社員はモチベーションを下げ、全体の生産性も下がりました。  少なくとも成果主義・自己責任システムは日本人の国民性には合わなかったようです。我々は、青臭くとも「誰かのために行動する文化」が合っているのです。それを、ロンドン・オリンピックの選手達が証明してくれました。  塾の発展にも同じことが言えます。どれだけ本気で生徒のためを考えて行動するスタッフを育成するかにかかっています。  地元新聞のコラムで示唆に富んだ文章を見つけました。今、全国で問題になっている「いじめ」についての文章の中で、ある問題児が教師に発したセリフです。「先生、真面目と本気は違うんだよ」  記事の中では「だから、本気で取り組む教員の養成が必要だ」という趣旨で語られていたのですが、改めて考えさせられました。塾業界も社会的認知を受け、学生達にとっては普通の就職先となっています。そのため、以前とは比較にならないほど全体の人的クオリティは高くなりました。いわゆる「真面目な社員」が多くなったのです。それはそれで歓迎すべきことなのですが、そこに一抹の不安を感じます。「真面目」のレベルで留まっていたのでは企業の発展も業界の発展も望めません。「真面目な社員」をいかにして「本気の社員」に変貌させていくか。そこに鍵があると思うのです。  卓球団体で初のメダルを獲得した福原愛選手のコメントです。


 「今回、こうしてメダリストの仲間入りができたことを、本当に心からうれしく思いますし、これまで支えて下さったたくさんの方々に感謝の気持ちでいっぱいです。今回のこのメダルは、皆さんがくれたメダル、今まで頑張ってきた20年の中で、皆さんがプレゼントしてくれたメダルだと思うので、日本に帰って皆さんにいい報告ができることをとてもうれしく思っています。準々決勝のドイツ戦もそうでしたが、(被災地仙台の子ども達が)はるばるロンドンまで応援に来てくれて、その子たちのためにいいプレーをしたいと思ったし、メダルを持って帰るって約束を守れてうれしいです」


 このコメントは建前ではなく福原選手の本気でしょう。本気で「被災地の子ども達のために」と思っていたからこそ、それまでほとんど歯が立たなかったシンガポールの選手に勝つことができたのです。  塾業界はこれからますますデジタル化が進みます。その競争に乗り遅れることはできません。しかし、それを生かすも殺すも、アナログである「スタッフの本気度」にあります。自己責任症候群にかかったままの塾(企業)は、静かに衰退の道を歩むことでしょう。

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