この記事は塾生獲得実践会の森智勝氏のご厚意により、全国学習塾援護会のHPから転載したものです。
ある塾経営者から「テレビで池上彰氏が『ゆとり教育で子どもの学力は落ちていない』と言っていましたが、本当ですか?」と質問を受けました。その番組は池上氏とマツコ・デラックス氏が3時間に渡って様々なテーマでトークする内容で、その冒頭に教育問題を取り上げています。私もビデオを入手して見たのですが、その概要は次の通りです。
池上氏「ゆとり教育で問題になったのは、円周率を3にするということなのですが、あれは間違いだったのです。どの教科書も円周率は3.14になっています。小数点第2位までの計算を習う前は便宜上「3」を用いてもいいという通達を首都圏の学習塾が取り上げ、大キャンペーンを張ったのが騒動の原因です」 池上氏「子ども達の学力低下が問題になったのは、OECDが実施したPISA型学力テストの順位が2000年に比べて落ちたからなんですが、それは新たに参加した国が日本より上位に来たからなんです」 マツコ氏「じゃあ、新たに参加した国を除けば、日本の順位は変わっていないってこと?それも学習塾の陰謀?」 池上氏「実は、全国で行なわれている全国学力調査の中に、私たちが習っていた同じ問題をこっそり紛れ込ませていたのですが…結果、どうだったと思います」 マツコ氏「もしかして、この流れから言うと…今の子供の方が出来ていたんじゃないの?」 池上氏「そうなんです」 マツコ氏「何~、学力低下なんて嘘じゃないの~」
まあ、こんなやりとりが二人の間に交わされていたのですが、皆さんはどう思われますか? 今、池上氏は日本の知性を代表する論客として認知されています。マスコミに頻繁に登場し、その信頼性は絶大です。マツコ・デラックス氏も歯に衣着せぬ物言いでお茶の間の人気は絶大です。この二人の発言を聞けば、「なるほど、学力低下は嘘だったのか」と多くの国民が思うのも無理はありません。 塾人は仕事柄テレビを見ることが少なく、こんな番組が放映されていることも知りません。しかし、一般社会の風潮の多くは、「こんな番組」から作られたりします。もし、あなたが番組の内容を知らずに保護者会で「ゆとり教育によって日本の学力は大きく低下しています」と発言した時、あの池上氏の発言を上回る信頼を得ることが出来るでしょうか。相当の理論武装がなければ難しいのではないかと思います。
ただ、池上氏の論理は破綻しています。最初の円周率の問題は私の記憶と池上氏の認識にズレがあり、ましてや首都圏の塾云々については確認していませんので論評を控えます。
2点目のPISA型テストについては単に、「すでに2000年時点で日本の学力は落ちていたこと」を示しているに過ぎません。ご存知のように、ゆとり教育の推進は1970年代後半から徐々に進められており、2002年の「完全週5日制、学習内容の30%削減」は、その総仕上げと位置付けられています。日本の子供たちの学力は、2002年に突然低下したのではなく、長い年月を掛けて深く静かに進行していたのです。
最後の「私たちの頃と同じ問題の正答率が高かった」に関しては正直、あっけにとられました。池上氏ほどの知性と教養を持った論客の発言とは思えません。もしかしたら、確信犯ではないのかと疑ってしまいます。「40年前に習っていて、今も習っている問題」の正答率が上がるのは当然です。どの分野でもレベルの向上があります。それは、製造業やIT産業だけのことではありません。教育の分野においても、指導技術は40年前と比べてはるかに向上しています。それは塾業界だけでなく、公立学校の教師たちも研究会等を通して学び、日々進歩していることを疑いません。正答率が低下していたら、それこそ国家的な大問題です。
違うのです。我々が問題にしているのは、40年前と比べて学習内容が著しく削減されていることです。私が中学生の時、1年生で集合を学びました。「A∩B」「A∪B」「空集合」…、2年生では三元一次連立方程式も学びました。学力云々を比較するなら、当時の学年末テストをそのまま、今の生徒に受けさせなければ意味がありません。確実に得点は半減するはずです。理科では見たこともない化学式がすらっと並んでいることでしょう。我々が50以上習った化学式が、今では10も習わないのですから。地理も、限られた2つや3つの地域しか習っていない子供たちが、当時の試験を解けるはずがありません。以前、渋谷で街頭インタビューをして、アメリカの位置を知らない若者が多いことを指摘したテレビ番組を見たことがありますが、アメリカの位置も知らない若者にグローバル化を求めることが矛盾しています。それこそが我々が指摘している問題点の本質です。基礎学力、基礎知識のない者に、問題解決能力も自己表現力も身に付くはずがないのです。
ぜひ、塾の現場で「ゆとり教育と学力低下」について議論してください。多くの保護者が勘違いしている可能性は高い。保護者会の場で、子供を迎えに来た路上の立ち話で、何気なく池上氏の説を指摘された時、現場の教師がうろたえるようではダメです。堂々と反論できてはじめて、塾の評判は作られます。「なるほど、さすが塾の先生」と言わせなければなりません。
10年間に渡ってお届けしてきた紙上セミナー「塾・新時代のマーケティング論」も、今回が最終回です。長くお付き合いくださり、ありがとうございます。途中、ネタが尽き、弱音を吐いたこともありましたが、私塾界の先代、故山田代表から「10年は続けてください」と励まされ、それだけを目標に執筆を続けてきました。ようやく、1つのゴールに辿り着いた気分です。故山田代表、後を継いだ加藤代表、そして現山田代表に心から感謝申し上げます。今後も、業界の発展に少しでも寄与できる活動を続けてまいります。どこかでお会いした時は、宜しくお付き合いください。
貴塾と業界全体のさらなる発展を心からお祈り申し上げます。(了)
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