伝統とは時代に合わせて変化すること
不振塾の原因の話を続ける。経験豊かな先生に特徴的な弱点がある。「変化ができない」。バブルの前とか、創業時に非常にいい思いをされている先生方は多い。すると、その頃はこの方法で上手くいったという思いから抜け出せない。ところが、時代はどんどん変わっている。
食べ物屋でも、江戸時代から200年代々受け継いできた伝統の味・老舗の味、というのがある。テレビに登場して「戦争中は、このかめ壷を持って逃げたんです」などと言っている。するとレポーターも、「いやー、これが江戸時代の味ですか」と調子を合わせる。本当にそうだろうか。今、江戸時代の味を再現したら我々は不味くて食べられないはずだ。では、何を二百年間守ってきたか。いわゆる人の味覚とその店の味の相対関係を守ってきたのだ。
自分が変わらずにいると社会のほうがどんどん変化するので、自分は変わりたくないという思いとは裏腹に、どんどん社会との相対関係が変わっていってしまう。社会の変化に合わせて自分も変わってこそ相対関係が保たれる。ところが、それができていない。10年前と同じ指導方法、集客方法を頑なに守ろうとする。
そうした先生は、(これは技術の問題だが)マーケティングの知識がない。マーケティングというのは非常に広い意味を持つ言葉だが、特徴的なことを言えばチラシの作り方が10年前から進歩していない。そして、「チラシの反応が悪くなった」と嘆いている。
これはチラシだけに限らない。例えばDM、夏期講習の案内、個別面談会の案内、全部一緒だ。マーケティングは一言で言うと、如何にその商品の魅力を早く正確に伝えるかという技術だ。その技術を持っていないので、自分のところの商品―授業とか講師―の魅力がまったく外に伝わっていない。ところが、「いい授業をしていれば…」という思いがあるので、そこを勉強しない。
そう、勉強をしない先生が本当に多い。子供には「勉強しなさい。勉強は大事だよ」という話はする。ところが経営者たるご自分が、経営の勉強を疎かにしている。こんなおかしな話はない。もちろん、数学や英語の教え方とか教材研究は一生懸命やっている。 しかし、経営者の仕事はそれだけではない。ぜひ、皆さんも勉強していただきたい。
よく「企業は人なり」という言葉を使う。この「人」というのは誰を指すか。ほとんどの方が錯覚しているのが、「人」というのは従業員だと思っている。だから、「もうちょっと従業員が頑張ってくれたら」と嘆く。とんでもない話だ。「企業は人なり」の「人」というのは、経営者のことだ。少なくとも社員が百人を超えるまでは経営者次第でその会社の業績は決まる。ましてや従業員が五人、十人の中小の塾は間違いなく経営者次第だ。経営者が勉強しないのに、社員に勉強しろ、子供たちに勉強しろと言うのは全然通用しない。
「うちは教育費には金をかけていて、地獄の特訓セミナー1週間に社員を順番に入れています。そこまで社員教育には力を入れているのに上手くいかない」と言う社長に限って、ご自分はセミナーに参加していない。これではだめだ。まず、経営者自らに教育費を投資しなければ。
結局、リーダーが最も変わりたくないと考えているのだ。自分は変わらず、社員が変わることを望んでいる。ダーウィンの進化論に有名な一説がある。「この世に生き残る生物は、最も強いものでも最も頭がいいものでもない。それは変化に対応できる生物だ」
書くことで変化はできる
変化するためには何が必要か。実は簡単である。先月号で指摘した「ビジネスモデル」を作ればよい。変わった後の自分を想定するのだ。あるいは事業計画書、単年度の予算・決算でも構わない。それすら作っていない塾が多い。つまり、これから1年間何にどれだけの経費を使うのかが予め決められていない。売り上げ予想(目標)を立て、何パーセントを教材費に使う、何パーセントを広告宣伝費に使う、何パーセントを人件費に使う…ということをしなければならない。大手塾は必ずやる。
あれは、大手だからやらなくてはならない、中小はやらなくていい…そんなものではない。税務対策のためだけにやっているわけではない。塾生獲得実践会に入るとまず、「チラシを見てください」が一番多いのだが、次に多いのが、入会をきっかけにチラシを作る人だ。
「会に入ったから、森先生のアドバイスでチラシを作ろうと思います。」それはそれで有難いのだが、逆に言うと入会するまで「作る、作らない」という計画が無かったことになる。いわゆる「どんぶり勘定」になってしまっているわけだ。これではだめだ。
あなたは子供たちに「勉強は計画的にやりなさい」と言っているはずだ。学習計画表を書かせている塾も多いことだろう。ところがご自分は経営の計画書は書かない。大いなる矛盾である。
書くことだ。ビジネスモデルでも事業計画書でも予算でも良い。紙に書くことで自分を変えることができる。現状が認識できる。自分に足りないこと、学ばなければならないことが見えてくる。
差別化ではない。独自化を目指せ
そして最後に不振塾の大きな原因の1つを指摘したい。
「独自性がない」
中小の塾の独自性は何かと言うと、「小さい」というだけになってしまっている。マーケティングのセミナーに行くと、「差別化が大事だ」ということをよく言う。それは、その通りだ。その通りなのだが、それを聞いた経営者のほとんどは何をやるか。「そうか、差別化だ。他の塾との違いを出さなければ。そのためには他塾の研究をしなければならない」と、他塾を調べ始める。すると、例えば授業料で言うと「A塾は週6時間で18,000円。B塾は15,000円か。じゃあ、うちは16,000円だな」となって相対化していく。どんどん平均化していってしまう。差別化とは裏腹に特徴がなくなっていく。地域の塾の授業料が見事に同じ価格帯に集中する。これは護送船団方式の手法である。例えば寿司業界では長く地域のプライスリーダーが存在し、そこが値上げすると他店も追随するということが行なわれてきた。ゆえに一皿100円の回転寿司にシェアを奪われてしまった。(もちろん、原因はそれだけではないが)地域の平均授業料が2万円の中で5万円の授業料設定をしている個別指導塾や、逆に5科目週3回指導で1万円の授業料で圧倒的な集客をしている塾もある。
何か1つ、独自性を持つことだ。それは以前説明したように「他塾ではとても真似のできない」具体的な事例でなければならない。「どこよりも生徒を大切にします」は、独自性とは呼ばない。